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「創作」という意味~その2

こんにちは、えあてきです。

前回の書き込みに拍手コメントを頂いたのですが、
もしかすると無用の心配をかけてしまったかもしれないと思ったので
いやそんなことないよという意味でももう少し続けてみます。

では本題。ウディコン参加を通して「こんなことに気づいたよ」という話です。



前回そもそも何を書こうとしたかというと…。

「ゲーム制作とは、小説や絵や音楽のような “創作活動” だった!」という
随分と今さら感のある驚きについてです。

フリゲのフリーとは無料のフリーじゃなく
「個人の趣味趣向大全開超フリーダム!」という意味なんだと理解しました。

もちろん今までも多少はフリゲで遊んではいましたが、
一旦製作者としての視点を持つと世界が変わりますね。
同じツールを使ってなんでこうも違うのか。
スタートの瞬間からまったく違う。
ゲームの向こうに作者さんの存在や想いが見えてくるような気がします。

そうしてから自分の作品を振り返ると……ッ!?Σ
自分ではごく普通の物を作っていたつもりですが、どうなんでしょう?
やっぱり何か個性的な部分があるのかないのか。
自分ではよくわかりませんが、ウディコンを通じてそれがわかればいいと期待もしています。
っていうか、ゲーム制作って自分をさらすマゾ行為なんだなーとつくづく思います(遠い目)



―――で、話は変わって
前回記事の「色々と込めた」について。

頂いたコメントでもその辺に興味があるようでしたのでもう少しぶっちゃけてみます。
期待とは違ってがっかりさせてしまうかもしれませんが。お許しを!

まず、自分を何かに分類するとすれば、
つまるところただの「プログラマー」です。文とか絵とかさっぱりですし。
日頃はコーディングをして上手く動かすことに至上の達成感と喜びを感じ、
それを他人に見せようと思うことはまずありません。
他人に見せることを前提とした、いわゆるクリエイターとしての物書きさんや絵描きさんとは
その辺りで一線を画していると感じます。

そんな自分がなぜ色々と込めてみたのか。
それは、ゲームとはそういうものだから。その方が面白くなるから。
世界観やキャラ設定が必須というのと同じぐらいに
「自分はこうしたいんだ!」という主張は、特にフリーゲームには必要なものだと思うからです。


主張というより「対話」と言い換えた方が
ニュアンス的には近いかもしれません。

たとえば、
プレイヤーがマップでどういう動きをするだろうか?
このタンスを調べたくなるんじゃないだろうか?
この辺りで戦闘に飽きてくるんじゃないだろうか?

ゲームを作る際には、そうやって常に念頭に「プレイヤーの思考」を想像します。
囲碁や将棋のように「相手の思考を先読みして手を打つ」そんなイメージで作っています。

先程の「色々と込める」は、その延長として、
見つけてもらえれば嬉しいけれど、見つけてもらえなくても全然構わない程度の重さで
小説の伏線みたいな感じで入れています。
いわばゲームのフレーバー。気づかなくてもぜんぜん楽しめる。それが理想。



長くなったので、最後に「世界観を語らない」について。

蛇足とは思いますが、
「語らない」が許されるのは「語れるだけの設定を組み上げている」という前提条件ありき。
もし作者が設定をいい加減にしているならば、「語らない」は「語れない」でしかないと思います。
別に設定がなくてもいいゲームは作れるので、それはそれで。
要は作り手が自覚しているかどうか、ということだと思います。


こんなに沢山文章を書く日が来るとは・・・ブログって恐いな。

ここまで大変お疲れ様でした。
おしまい。

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